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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)66号 判決 1985年3月13日

控訴人(原告) 古市滝之助

被控訴人(被告) 関東信越国税局収税官吏

訴訟代理人 松本克己 萩野譲 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。本件を浦和地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  差押処分と通告処分とは、一方が他方を前提とするとか、あるいは一方が他方の結果であるとかいう関係はなく、両者は目的及び対象を異にした別個の行政処分である。したがつて、差押処分の違法は通告処分の適法違法とは別個に、それ自体として独立するものであり、通告処分を履行したからといつて差押処分の違法がなくなるわけがなく、またその違法を主張することができなくなるものでもない。

2  本件に先立つ同種の別件において、控訴人が差押処分は違法であり、このことについてはあくまで行政訴訟で争いたいので通告履行はできないと主張したのに対し、昭和五七年四月関東信越国税局間税部担当者の八尋次郎は、控訴人が通告履行をしてもその事実を差押処分の効力を争う行政訴訟で援用しないと約束したため、本件においても、右約束に従い通告履行の事実を被控訴人が本件差押処分無効確認の行政訴訟で援用しないことを条件として通告に従い本件酒類を納付してこれを履行したものであつて、右約束は訴訟上の合意であるから、被控訴人は、控訴人が通告履行したことを理由に本件差押処分無効確認の訴えの却下を求めることは許されない。なお、訴訟要件に関する訴訟上の合意も有効であることは不起訴の合意、不控訴の合意等が有効とされていることからみても明らかである。

(被控訴人)

控訴人の主張2のうち、昭和五七年四月に国税局担当者が控訴人に対して通告履行をしてもその事実を本件差押処分の効力を争う行政訴訟において援用しないとの約束をした事実は否認し、その余の点は争う。

控訴人が主張する「通告履行の事実を犯則行為の成立を争う訴訟において主張しない」という訴訟上の合意は、同じ訴訟要件に関する訴訟上の合意といつても、不起訴の合意、不控訴の合意等のように当事者間において任意に処分しうる事項に関するものではなく、通告履行により客観的には権利保護の利益が消滅しているのに、その効果を訴訟上排除して不適法な訴えにもかかわらずその本案につき審理、判決を求め得ることとするものであつて、かかる合意を当事者の任意に処分しうる事項として許容することはできない。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件訴えはいずれも不適法であるから却下すべきであると判断するものであるが、その理由は次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八枚目表七行目の「争いがない。」の次に「本件差押物件が納付申出のなされた本件酒類に含まれていることは弁論の全趣旨により認めることができる。」を加える。

2  原判決一〇枚目表六、七行目の「本件酒類の所有権は右納付の申し出により確定的に国庫に帰属したものと解すべきである。」を、「これにより本件差押処分の効力は消滅するとともに、本件酒類の所有権は確定的に国庫に帰属したというべきであり、したがつて、その後において本件差押処分の効力を争う行政訴訟を提起することは権利保護の利益を欠き、許されないというべきである。」と改める。

3  原判決一〇枚目裏二行目の「あるとする」を「あるとし、その終了までは差押処分の無効確認を求める訴えの利益が失われないとする」と改め、同行目末尾に「また、通告履行により差押処分の効力を争う訴えの利益が失われるのは、前記のとおりの理由によるものであるから、差押処分の違法の存否は右判断に影響する余地はなく、もはやこれについて判断の限りではない。」を加える。

4  原判決一〇枚目裏二行目末尾(前項の加入部分の次)に行を改めて次のとおり加える。

「控訴人は、本件通告処分に従い控訴人が本件酒類を納付して履行したのは、国税当局との間に「通告履行の事実を本件差押処分の効力を争う行政訴訟において被控訴人が援用しない」との訴訟上の合意が成立したからであり、被控訴人が右合意に反して通告履行の事実を主張することは許されない、との主張をするが、控訴人が成立したと主張する右訴訟上の合意は、前記のとおり通告履行により本件差押処分の効力は消滅して、本件酒類の所有権は確定的に国庫に帰属したため、客観的には差押処分の効力を争う訴えの利益はなくなつているのに、当事者の合意により本案の審理、判決を可能にするという効果を生じさせることを目的と有するものであり、このように客観的には訴えの利益のない訴訟について本案判決を得る途を当事者の合意によりひらくことは許されないというべきであり、このような訴訟上の合意にその効力を認めることはできないから、右合意の存否について判断するまでもなく、控訴人の右主張は採用しがたい。」

4  原判決一〇枚目裏五行目から同一一枚目表九行目までを次のとおり改める。

「三 本件予備的請求は、控訴人の納付により国庫に帰属した本件酒類の返還と損害金の支払を求める民事訴訟であるが、かかる請求は権利義務の帰属主体である国を被告とすべきであつて、国の一機関にすぎず、権利能力の主体となり得ない行政庁を相手に右のような請求をすることは許されない。

したがつて、本件予備的請求は不適法というべきである。」

二  したがつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森綱郎 高橋正 小林克已)

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